ゆがんだ背骨

私も病院の話をひとつ


小学生の頃、なにやらよくない肺炎にかかって
しばらく学校を休んでいたことがありました。
入院はせず、毎日毎日遠くの病院まで母が連れて行ってくれて
仕事もして家事もして看病もして
ほんとうに大変だったろうなぁって
なのにちっとも親孝行しないドラ娘で、ごめんなさい。


でも今日は母の話ではなくて、お医者さんの話を


トーベ・ヤンソンにそっくりの、おばあちゃん先生
白髪のおかっぱをさらり、横に流して
何度も洗濯して、長い時間を一緒に過ごしてきたのであろう
色の落ちたデニムシャツの上から、さらり、白衣をまとって


レントゲン写真を見てから、くるり、椅子をまわして
私と母のほうに向き直って説明をするとき
暗くて狭い廊下を背筋をぴんと伸ばして
さっさっと歩いてくるとき
白衣の裾と白い髪が、ひらり、はらり、揺れるのを見るのが
好きだったなぁ


書いていて、たったいま気がついたのですけれど
カーテンが風を含んで、そよそよ、揺れるのを
ぼんやりと眺めているの好きで
それは先生の白衣と白髪に似ているかもしれない


生まれてすぐのときにも病気をして、同じ病院に入院して
その先生に診てもらっていたそうです。
看護婦さんも何人か、母の顔を覚えていてくれて
「あのときはほんとにもうかわいそうで見てられなかったわー」
「こんなに大きくなってよかったねぇ」
なんて話をよくしていて
私は記憶がないので、ただ聞いているだけでしたが
母は涙を浮かべて挨拶してまわってました。


もう来なくて大丈夫だよ、と言われた日だったかな
先生が私の背中を見て
「まっすぐな、いい背骨だね、きっと背が高くなるよ」
って言ったのを覚えています。
私は先生にほめてもらえるくらいのすてきな背骨を持っている
それがなんだかとてもうれしかったのです。


先生に診てもらったのは、それが最後でした。


もう何年も前のこと、母から電話がかかってきて
先生が亡くなったという記事が新聞に出ていた、と
教えてもらいました。
覚えてる?いっぱい診てもらった先生だよ、って


そのときにはもう
私の体は縦に伸びることをもうとっくにやめていました
鏡に映して背中を見てみました
てのひらで背骨にふれてみました
先生がほめてくれた背骨は、すこし歪んでしまったような気がしました


私の身長は、162センチメートル
ヤンソン先生よりすこし大きいくらいかな


腕を上げて、ぎゅーと体を伸ばすと
ゆがんだ背骨がみしみしと音を立てます。
乱れた列を整えるように
まっすぐになーれー、念じながら
ぎゅー、みしみし
ぎゅー、みしみし
何度も何度もくりかえします。