うちのじいちゃん

こんばんは。ジュンコです。
小川さんの「じさま」の話につづき、私もうちの「じさま」の話を。


うちのじいちゃんは、明治45年生まれ。名前は末治(すえじ)
この子がおそらく末っ子、という意味で名付けられたそうですが
これにて打ち止め、というわけで、みんなから「とめじ」「とめじやん」
と呼ばれていて、町役場からの郵便物まで、宛名が「佐藤留治様」に。
私も「どこの子だい?」と聞かれると「とめじの孫です」と答えていました。
末治と言ってもわからないことが多く、とめ治と答えれば
「あぁー、とめじやんぜのまごがぁー」(とめ治さんちの孫か)
と、すぐにわかってもらえたので。複雑な心境ではありましたが。


とめじやんは笠智衆杉田玄白イブライム・フェレールに似ています。
つまり、頭はつるんとして、痩せていて、いまはご隠居さんですが
毎日の畑仕事のおかげで日焼けして、畑から帰ると家の裏にあるポンプで
じゃぶじゃぶと顔を洗い、腰に下げた手ぬぐいでで、ごしごしと
頭を磨き上げるようにしながら家に入ってくるのを見ていました。


畑仕事以外で、とめじやんが上手なものふたつ
ひとつは、くちぶえ
うちの実家は田舎の小さな町で、11時半と夕方5時にサイレンが鳴ります。
腕時計を持たず、もくもくと鍬をふるうとめじやんは、サイレンを聞いて
さてそろそろ帰ってごはんにするか、と畑をあとにしていたのです。
サイレンが鳴り止んでしばらくすると、口笛が聞こえてきます。
鍬やらなにやらの畑仕事の道具か、とりたての野菜でいっぱいの籠を持って
ときには陽気な、ときには寂しげなメロディを奏でながら、とめじやんの帰宅
かぽかぽ、ゆったりしたリズムの長靴の音も近づいてきます。
私もとめじやんを真似て口笛を練習して、吹けるようにはなりましたが
とめじやんのようにはうまく吹けません。


とめじやんのもうひとつの特技は「なわなじり」
(藁を両手で、ぎゅっぎゅっ、とよって縄をつくることを「縄をなじる」
と言っていたのですが、方言なのかどうかわかりません。
そういう言葉、じつはほかにもいくつかあります。)
何年か前まで、実家のほうでは「方部対抗運動会」
方部=4つの区域に分かれて、人口減少により廃校となった小学校で
住民総出の運動会がありました。
全員白の割烹着を着用した婦人会による踊りや
方部代表の一家による三世代リレー
各年代から選抜されたメンバーによる綱引き
全員参加のじゃんけんトーナメント戦
などなど、田舎ならではの種目がつづく中
ラストを飾るいちばんの目玉は「縄なじりリレー」
家から持ち寄った大量の藁を使って、交代でひたすら「縄なじり」まくり
時間内にどれだけ長くなるかを競う、という競技です。
私の家の所属する組のアンカーは毎年とめじやん
地元でいちばんの「縄なじり」名人の名をほしいままにし
とめじやんが元気なうちは「縄なじりリレー」で負けることはない
そう言われ続けて数十年、期待に応えて、しゅるしゅると魔法のごとく
とめじやんの手から縄が驚くべきスピードで紡がれていました。

いまでは運動会もなくなってしまい、畑仕事からも引退したとめじやんは
茶の間のこたつで、のんびりまったり
実家に帰って、ふすまを開けると
「おおー、ひさしぶんじゃごどー」(ひさしぶりだこと)
にかーっと笑って、そう言います。

とめじやんが引退したあとは、母が畑を守っています。
このあいだも春の野菜あれこれ届いて、とめじやんの現役時代より
だいぶ野菜の種類が豊富になりました。とめじやんは
こんな野菜は食べたことがない!とカタカナの名前の野菜に驚きつつも
喜んでいるようです。


じいちゃん自慢、長々失礼しました。
ではでは、また来水。